この国の自然ほど美しいものはないという信念を持っている。奥深い山に入らずとも、ありきたりの日常の中に美しい自然がある。この国がもっと美しくあるためには、この国の人々がどのように生きるかにかかっているのではないか。
土曜の午後にBSプレミアムで「東北の名峰」を紹介していた。これほどバリエーションの豊かな自然が身近にあるのは幸せなことではないのか。東北地方では、秋田県と福島県にしか行ったことがない。季節は夏だった。
ただし、映像で見ただけでも想像はできる。類似の経験を持っているからだ。エンディングで流れた樹氷の映像を見て、子どもが「これはどこの景色なのか」を知りたがっていた。そう言えば蔵王の樹氷も温暖化の影響を受けて、樹氷が生成される高度が変化しているらしい。それほど遠くない将来に蔵王の樹氷が見られなくなるかも知れないと思うと、「人類の罪」を思ってしまうが、本当にそうなのかどうかはわからない。
自然は変化するものである。それを人類の作為によって留めようとするのは間違っていると思える。だとすれば、地上の人類の活動によって生じた変化ですら、甘んじて受け入れなくてはならないのではないかと思えてくる。
日常にも美しさはある。紅葉も美しいが、もっと身近にたくさんある。気づかないと言うより、気づこうとしないだけである。秋空の雲も、葉先の一滴も、二度と出会えない美しい形であると思うと、時間が惜しく感じられる。