何かちょっとした失敗をしてしまったとき、極めて親密な関係者だけの場では「やられた」というが、他人がいる場では「やられた」とは言わず、「やった」とか「やってしもた」とか言うらしい。なぜなら自分は被害者ではないからだそうだ。バラエティ番組で紹介していたネタである。何しろ1事例しか取り上げていないので、これが土佐弁なのかどうか真偽の程はわからない。
極めて親密な関係者だけという空間と、他の第三者がいる空間とでは、言葉を使い分けるということは珍しいことではない。ただ、こうした使い分けがあるということは初めて知った。「やられた」というのと「やった」「やってしもた」というのは真逆の表現である。失敗を「やらかした」人間が、”場”によってこの真逆の表現を使うというのは興味深い。正しい方言かどうかも分からないのだが、心遣いを感じる良い使い分けである。